2006年03月09日

利平さまの過去

t_thum.gif忠信利平の過去と言えば、稲瀬川でのツラネせりふ

「続いて次に控えしは、月の武蔵の江戸育ち、幼児(がき)の頃から手癖が悪く、抜け参りからぐれ出して、旅を稼ぎに西国を廻って首尾も吉野山、まぶな仕事も大峰に足を止めたる奈良の京、碁打(ごうち)と云って寺寺や豪家へ入込み盗んだる、金が御嶽の罪科は、蹴抜の塔の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官の御名前騙りの忠信利平」

でも語られているように(「寡黙な男」の項目にも書きましたが)、どうやら修験道に励んでいた時期があったみたいですね。おそらくは泥棒の隠れ蓑として、山伏に扮装していただけなんだろうけど、意外と真面目に修行してそうですね(妄想)。

 苦しい修行の末に「悟り」を開いたかと思えば、また泥棒に逆戻り。きっと、この人はそんなことの繰り返しなんでしょうね。

yamabushi.jpgそんな山伏姿の利平様を描いてみました。


 心持ち頬を痩けさせ、眉間に皺を入れて苦悩の表情にしてみましたが、つくづく人物の「描き分け」が苦手であることを痛感しました。これじゃあben_thum.gif弁天小僧nan_thum.gif南郷どんとの区別がつかないです。私のイメージする利平さまは、神経質でストイックな感じなのですが、絵で表現するのはなかなか難しいです。

 さて当時、犯罪者の「隠れ蓑」として使われたのは虚無僧ですが、こっちもかなり「ワケあり」の人達が利用していたようですね。

こむそう【虚無僧】
 髪を生やした普化僧。袈裟(読み・けさ)を着け、深い編み笠をかぶり、尺八を吹き諸国を托鉢しながら回って修行する。
komsou.jpg

 時代劇では、刺客がよくこの扮装をしている。
別名=梵論字(読み・ぼろんじ)

*普化僧(読み・ふけそう)…禅宗の一派である普化宗の僧。

*普化宗(読み・ふけしゅう)…中国の唐時代の普化禅師を祖とする江戸時代に全盛した禅宗の一派。伝来については諸説あるが、室町時代には 虚無僧の存在が広く知られ、江戸時代には隆盛を極めた。

 武士や浪人の一時的な隠れ家として利用されたが、次第 に「ワケあり」のうさん臭い連中や無頼の徒が入門して堕落し、1877年(明治10年)廃宗となった。

 じゃあ今、私達の見ている「虚無僧」はいったい何なんでしょう?アレは「なんちゃって利休」や「なんちゃって松尾芭蕉」と同様に、ただの「コスプレ」なんでしょうか?

[参考文献]


*『日本史辞典【4訂増補】』数研出版株式会社(昭和55年)


posted by fuji_nishi. at 17:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 忠信利平
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