2007年09月09日

役の配分(バランス)

 「白浪五人男」の中では、オマケ的な要素の強いt_thum.gif忠信利平akaju_thum.gif赤星十三郎aotothum.gif青砥藤綱ですが、これは当時の演目との兼ね合いによるものだそうです。

 つまり、文久二年(1862)三月の市村座では、「白浪五人男」の他にも、『助六所縁江戸桜』が上演されていたのだそうです。

 忠信利平を演じていた初代河原崎権十郎(後の九代目市川團十郎)は助六を、赤星十三郎を演じていた岩井粂三郎(後の八代目岩井半四郎)は揚巻を演じていたから、「白浪五人男」では出番が特に少なかったのだそうです。

 反対に「売り出し中」の市村羽左衛門(後の五代目尾上菊五郎)は、一日中、ben_thum.gif弁天小僧役で出ずっぱりで登場し、当代きっての人気俳優、中村芝翫は、相方のnan_thum.gif南郷力丸役の他にも青砥藤綱、そして「助六」でも中幕で熊谷、大切では白酒売も掛け持ちして、一日中出ずっぱりだったのだそうです。

 da_thum.gif日本駄右衛門役の三代目関三十郎は、「助六」では中幕で扇屋上総、大切では(助六の母)満江と、基本的に出番が少なかったので、駄右衛門メインでいったそうです。

 ちなみにこの時、hm_thum.gif浜松屋の主人・幸兵衛を演じていた六代目市川團蔵は、「助六」では鬚の意休を演じていたそうです。

 しかし当時の歌舞伎は、今のような午前の部と午後の部に分かれる形式と違ってて、二つの芝居が「同時に上演されていた」ってことなんでしょうか?謎です。

<関連記事>


*初演データ

*初演時の俳優さんの干支

*四代目中村芝翫

[参考文献]


kabuki3.jpg
『季刊雑誌 歌舞伎第三号』松竹株式会社(昭和44年1月)


posted by fuji_nishi. at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 白浪五人男
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