2005年12月14日

勢揃い・ツラネ3

「勢揃い」

(弁天小僧に続いて)

t_thum.gif「続いて次に控えしは、月の武蔵1 の江戸育ち、幼児(がき)の頃から手癖が悪く、抜け参り2 からぐれ出して、旅を稼ぎに西国を廻って首尾も吉野山3 、まぶな仕事も大峰4 に足を止めたる奈良の京、碁打(ごうち)と云って寺寺や豪家(ごうか)へ入込み盗んだる、金が御嶽5 の罪科は、蹴抜の塔6 の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官7 の御名前騙りの忠信利平」

現代語訳はコチラ


[脚注]


1・むさし・武蔵国のこと。江戸時代までは、今の東京都と埼玉県全域と、神奈川県川崎市のあたりを指した。


「月の武蔵」が何を示しているのか
不明なので、詳細な出生地は不明。

追記:セリフの中に月の武蔵という言葉が出てくるのは、武蔵の国では、山から出て山へ沈む月が、草原から出て草原に沈むくらい平野が広大だと言われ、和歌に武蔵野・武蔵と月という言葉一つになって詠まれている事があるからだそうです。

ー以上、さくたろう様のコメントより引用。大変ためになる書き込みありがとうございました。(2009年2月22日)

 もしかしたら出身地は青梅か八王子 あたりかもしれない。


2・ぬけまいり・伊勢神宮への参拝「お伊勢参り」は、江戸の庶民の一大イベントだったが、まず親の承諾と(地元の)大家から手形をもらわないといけなかった。「抜け参り」とは、それらの手段を省いた不正な旅行のこと。ほとんど家出。

3・よしのやま・桜の名所でもある 奈良県の吉野山。「首尾もよし」とかけている。歌舞伎『義経千本桜(狐忠信)』にも登場する。

4・おおみね・日本百名山の一つである大峰山(吉野山から紀伊の熊野までの山脈全体を指す)は、奈良県中央にあり、標高1915m。古くから修験道の山として知られ、山伏達の修行の場で、今でも女人禁制である。

ごうか:金持ちで、その地域で権力や勢いのある家のこと。

5・みたけ・京都の福知山にある三岳山(みたけさん)。別名・丹波山上。
 この山には源頼光が大江山の鬼退治の前に、八合目にある蔵王権現[現・三嶽(みたけ)神社]で戦勝祈願をし、山頂から大江山を偵察したという伝説が残されていて、「見立て山」とも呼ばれている。
 ちなみに御嶽信仰(=死後の魂の安住の場を御嶽に求めようとする信仰のこと)として知られる木曽(現在の長野県)の御嶽山は「おんたけさん」。

6・けぬきのとう・吉野山の奥、金峰神社の裏手に存在する。源義経がこの社の屋根を蹴破って逃亡したと伝えられる。

参照:義経伝説/秋の吉野義経伝説紀行 義経蹴抜塔

7・ほうがん(はんがん)・別名・検非違使尉(けびいしのい)とも呼ばれ、非法(=法律を違反すること)の検察を司る役職の人。どうも判官の肩書を勝手に使って、悪さをしていたらしい。

-と、思っていたら、このセリフはたてやま村歌舞伎保存会(旧 たてやま子ども歌舞伎)さまのブログによると、佐藤忠信が「義経の身替わり」をして義経を守ったという、故事から由来しているそうです。(平成19年5月6日追記) 

後日、辞書で調べてみたら、源義経のことも指す(彼の役職が「検非違使の尉」=「判官」であったことに由来することから)みたいですね。

[参考文献]


9501p.jpg
平成7年1月歌舞伎座パンフレット『松竹百年 寿 初春大歌舞伎』

kabuki3.jpg
『季刊雑誌 歌舞伎第三号』松竹株式会社(昭和44年1月)





『広辞苑』第三版・岩波書店(昭和58年)

posted by fuji_nishi. at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 忠信利平
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