2011年12月17日

たぬきの恩返し

 以前、えらい狸という記事で、建長寺の敷地内に住んでいた老狸が僧侶に化けて、武蔵の国(=今の埼玉県・東京都・川崎市・横浜市の一部)のあちこちを勧進して回り、建長寺の山門の再建(安永4年・1775)に協力した話を紹介致しましたが、今回のお話もそれに類似した内容です。

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2008年10月24日

一寸法師

 一寸法師って、原作ではとてつもなく性格が悪かったようですね。

 一寸法師がお椀に乗って旅に出たのも、実はおじいさんとおばあさんに*忌み嫌われて、体よく追い出されたという話だし。

 現代の絵本では、都の姫君と一緒に鬼退治に出かけたことなっていますが、原典のお伽草子では、なんと一寸法師は「陰謀」を企てていたようです。




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2008年10月17日

源氏物語

 今年は「源氏物語」が出来て1000年だそうで、現在、源氏物語に関する書物が発行され、それにちなんだ企画展もぞくぞくと開催されているようです。

 京都の風俗博物館では、昔から源氏物語絵巻の1/6の模型が展示されています。

 ここの展示物の衣装や調度品はリアリティがあり、素晴らしいです。(注;写真は国立科学博物館で撮影されたものも含む)

kemari.jpg 蹴鞠

warabe.jpg 童子

genjim_neko.jpg 女三の宮のペットの猫ちゃん脱出!

(当時の常識では)はしたない行動ながらも、御簾(みす)の影から出てきた女三の宮を、柏木が見初める場面なのです。
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2008年08月04日

舌切り雀

 御伽草子の中でも、この話は記憶に残っていますねぇ。

 と言っても、私は小さい頃に絵本でしか読んだことがないのですが。あの話は子供心にもシュールでした。

 特に、今でも忘れられない場面は、(雀を助けたお礼に)おじいさんを「雀のお宿」に招待し、出迎えた時の雀の姿です。あれは強烈な印象でしたね。

 だって絵本では、現実の人間サイズの雀の頭に、体は人間の姿(しかも人間の着物を着ていた)だったんですよ。これって恐くないですか?絵がリアルだったせいか、余計に恐かった覚えがあります。

 雀の舌を切った「意地悪ばあさん」も、雀にひどい虐待をしたこと以外は、それほど「悪い人物」とまでは思えないんですよね〜。

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2008年04月23日

安珍・清姫

 蛇穴(さらぎ)という記事では、

>「安珍清姫」の清姫といい、この民話の娘といい、
>修行者の品行方正で高潔(ともするとストイック)な
>雰囲気に、イチコロだったのでしょうね。

 -と書き込んだものの、真相は違っていたようです。
どうやら清姫は「美形好き」だったみたいです。

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2008年04月12日

桃太郎と3匹の家来達

 桃太郎の「家来」と言えば、犬と猿と雉子ですが、どうしてこの取り合わせなのでしょうか?



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2008年02月24日

石川五右衛門と香炉

 今さっきテレビを見ていたら、石川五右衛門が釜茹での処刑にされるきっかけとなった、香炉の伝説が紹介されていました。

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2007年05月08日

猫池

 むかしむかし、あるところに猫池と呼ばれる小さな用水地があったそうな。この池につながる川は、この辺りの田畑を潤していたが、なにぶん小さな川なもので、日照りが続くと水不足になったそうじゃ。それでこの用水地が造られたそうな。

 ちなみに名前の由来は形が猫に似ているから、猫池と名づけられたそうな。

 この池にはこんな伝説があるそうな。
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2007年05月04日

蛇穴(さらぎ)

 奈良県の御所市の野口神社には、5月5日に「汁かけ祭」という雨乞いの行事があるそうです。

 藁(わら)で約10メートルの蛇を作り、町内の各家々を回った後、神社に奉納されるそうです。

 このお祭りにはこんな言い伝えがあるそうです。

 昔、市部村と呼ばれていた頃、ここを通って葛城山へ修行に行く役行者(えんのぎょうじゃ)に恋して振られた娘が蛇に化け、彼の後を追いかけたそうな。それを見た村人は驚き、弁当の味噌汁(!)を蛇にかけると、蛇は穴の中へ隠れたそうな。

 村人は娘の供養にと蛇塚に祀り、野口大明神と崇め、「汁かけ行事」を始めたそうな。村の名前を蛇穴(さらぎ)と改めたのは、その時からだそうな。

<出典>
御所市観光協会発行の観光地図・パンフレット『葛城の道』より

<参考サイト>

御所市観光HP/野口神社

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2007年04月19日

新宿のたまちゃん

 久々に東京・新宿に行って参りました。
「たまちゃん」は新宿の住友ビルの前にいます。

tamachan.jpg実は以前にも私のHPにも取上げてありますが、今回はじめて解説をじっくり読みました。

 解説によると、戦に敗れ傷ついた太田道灌(おおたどうかん)に逃げ道をまねくように導いたという、逸話があるそうです。

tmkaisetsu.jpg解説写真

「人にいのちあれば ねこにもいのちあり

江戸の里をひらきし太田道灌

この地の北で いくさに敗れ

あわや いのちを 失わん時

一匹のねこあらわれ にげ道をあんない

いのちをとりとめ 江戸を開いた

なれど このかくれた 江戸の恩ねこも

ねこなるゆえに 名ものこらねば ふびん

江戸の いゝたま 玉ちゃんと名づけ

のちのちまでの 江戸のまもりとす

つくりびと 流政之

ねこの生れ 文明狂年 」


tocho.jpg都庁も目の前!

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2007年04月12日

えらい狸

 むかぁし、むかし建長寺の山奥に住んでいた狸がお世話になったお礼にと、建長寺の三門再建(安永4年・1775)に協力しようと、和尚に化けて*勧進したということじゃ。



 勧進僧(に化けた狸)が武蔵国の板橋宿に泊った夜のこと、宿の主人が廊下を通りかかると、ぼんやりと障子に狸の影が映っていたそうな。そこで主人は機転を利かせて、その部屋に宿泊している坊さんにご用伺いをするために障子を開けてみると、座敷には立派な和尚さんが座っていたそうじゃ。

 翌日の練馬宿でも、狸の和尚は風呂に入っていて、湯桶で尻尾を洗っている姿を仲居さんに見られてしまった。しかし、信心深い宿の女将のおかげで、事なきを得たものの、「勧進僧の中に、狸が化けた和尚がいるらしい」という噂が広まったそうじゃ。

 ある日のこと、狸の和尚が青梅街道を駕籠に揺られていたそうな。「件の噂」を聞いていた駕籠かき達は、「(今乗せている)この坊さんこそ、噂の"狸和尚"なのではないか?」と思い、犬を連れてきて、駕籠にけしかけてみたそうじゃ。

 そしたら犬は駕籠の中から和尚を引きずり出し、噛み殺してしまったそうじゃ。しばらくしてから、和尚が元の狸の姿に変わり、正体を現したそうじゃ。

 駕籠の中には金30両と銭5貫200文が残されており、そのお金は無事、建長寺に送り届けられたということじゃ。

tanugoro.jpg 少なくともこの狸は、そんな殊勝なことを考えなさそう…


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2007年02月25日

混乱の時代

 「長州ファイブ」の記事でも述べたように、長州藩と同様に幕府を見限っていた藩がありました。

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2007年02月22日

長州ファイブ

 ってなんぞや?と思われた方、すみません。映画のタイトルです。



 1863年、長州藩は(この時すでに徳川幕府に未来はないと見越して)「新時代」のリーダーを育成するために、精鋭の若者5人をイギリスに密航させ、そこで彼らは最先端の工業技術とシステムを学び、成長していく青春映画なのですが、このメンバーがすごい!

 後の初代総理大臣になった伊藤博文(三浦アキフミ)を筆頭に、井上勝(山下徹大)、遠藤謹助(前田倫良)、井上馨(北村有起哉)、山尾庸三(松田龍平)の五人は、近代国家の政治や教育、産業界の重鎮となった人物なのです。

 一足先に山口県と福岡県では公開されたようですが、2月10日から全国的に上映しているらしいですね。

 詳しいことは下記のサイトをご覧下さい。

映画「長州ファイブ -CHOSYU Five-」ウェブサイト

長州ファイブ-goo映画

萩博ブログ

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2007年01月08日

五頭龍伝説

 むかしむかし、深沢に住む五つの頭を持った悪い龍が*津村の水門に現れ、多くの住民を襲っては、食べていたそうな。

 ある日天女(=弁天様)が江の島に舞い降りて、荒くれ者の五頭龍が天女に惚れてプロポーズしたけど、『アンタみたいな乱暴者はイヤ』と振られて以来、龍は行いを改め、江の島の守神になったそうな。

参考サイト江島神社/江島縁起

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2006年12月15日

土蜘蛛の正体

 前回に引続き、「土蜘蛛」の話です。

 Wikipediaによると、土蜘蛛-Wikipediaとは

(1)古代日本で天皇に従わなかった、土着の豪傑への蔑称。

(2)日本古来から伝わる巨大な蜘蛛の妖怪。
別名)「八握脛(やつかはぎ)」。


のことだそうです。

 だとすると、下の伝説はかなりの「残酷物語」だなぁ。
ホラーが苦手な人は「続きを読む」以降は読まない方が良いかも。

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2006年12月14日

蜘蛛窟

 むかぁしむかし、奈良県の高天という所に、千本の足をもつ大きな土蜘蛛が住んでおったそうな。時の天皇は(土蜘蛛の存在に)お悩みであったので、勅使が来て、サルチ(猿伐という地名)から矢を射て殺したそうじゃ。

 土蜘蛛を高天彦(たかまひこ)神社の近く(神社前の並木の東)に埋め、その場所を蜘蛛窟と呼ぶようになったそうな。

<参考文献>
御所市観光協会発行の観光地図・パンフレット『葛城の道』より
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2006年12月06日

浅草たぬき通り

 浅草には「たぬき通り」という商店街があります。明治頃までは浅草界隈でもタヌキがいたことから、名づけられたそうです。

 浅草たぬきには、こんな言い伝えがあるそうです。

『浅草たぬき』の由来


 明治の頃まで浅草一帯は、田圃に囲まれた薮野原でたくさんのたぬきが住んでいました。
 戊辰戦争が勃発し、戦火を免れた上野の山のたぬき達は四方八方へ逃げのび、中にはたぬき横丁で安堵をとるものもいました。
 しかし、ここには浅草の地たぬき達がいて縄張りが荒らされる思いから睨み合いがはじまり、合戦という雰囲気になってきました。
 そこへ浅草たぬきの長老の辰五郎たぬきが現れ、浅草の地たぬき達に、今までのいたずらを反省し、観音様のご慈悲とご加護で安穏に暮らせていることを語り、平和を守ることや人の役に立つことの大切さを諭しました。
 たぬき達の荒れていた心に暖かい気持ちが生まれ、戦いもいたずらもなくなりました。その中で、使命感をもった十二匹は人の役に立とうと一念発起して、人々の願い事が叶えられる力が持てる仙人修行を積み、それぞれが願かけたぬきとなってまちの人々からも慕われ、お参りされるようになりました。


-浅草たぬき通りのパンフレットより-


 ここには縁起の良さそうな銀色のタヌキの置き物、「ご利益たぬき」が12体飾ってあるそうです。
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2006年12月01日

突拍子のない話

 今日で12月かぁ。早いもので今年も残り1ヶ月ですね。

 最近、いろいろな資料を集めていたら、民話の面白さに目ざめてしまいました。オチもなければ、突拍子のない話が多いけれども、理屈抜きで楽しめる「おおらかさ」がそこにあると思います。

 そんな訳で、新しく「民話・伝説」のカテゴリを追加しました。今後はそういうお話も紹介していきたいと思います。
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2006年09月17日

泥棒と風呂敷

 緑地に白抜きの唐草模様の風呂敷包みを背負った泥棒なんて、今やアニメやコントでも見かけなくなりましたね。

 そもそも、あの風呂敷は泥棒が最初から用意していた訳ではなく、たいがいは泥棒先の家の箪笥の上に掛けられていたものを、利用していたそうです。

  
<参考文献>


『すみれ 第42号 平成3年度』P80「●日常生活グッズ 風呂敷」より

関連記事:昔の泥棒
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posted by fuji_nishi. at 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 民話・伝説
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