2017年02月20日

勢揃い・ツラネ4(現代語訳)

 前回のt_thum.gif忠信利平のツラネに続き、今度はakaju_thum.gif赤星十三郎のツラネセリフの現代語訳に挑戦してみようと思います(無謀)。

ご注意

「勢揃い」

(忠信利平に続いて)

原文:akaju_thum.gif「又その次に連なるは、以前は武家の中小姓…」


 現代語訳は、「続きを読む」をクリックして下さい。
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2015年11月17日

皇大神宮(土甘郷とかみごう神社)

 藤沢市内に皇大神宮(別名 烏森神社・土甘郷神社)という、akaju_thum.gif赤星十三郎つらねセリフに出てくる「砥上ヶ原」と関連のありそうな名前の神社があります。

kdjg_hasira.jpg

kodaijingu.jpg境内にある蔵?

 由緒書きがあったので、文章をそのまま入力します。

kdjg_yusyogaki.jpg

相模國 土甘郷(とかみごう)総社


【鎮座地】神奈川県藤沢市鵠沼神明二丁目十一番五号
【御祭神】(主祭神)天照大神(あまてらす すめ おおかみ)

     (合祀神)天手力男命(あめのたぢから おのみこと)・
          天太玉命(あめのふとだまのみこと)・
          天児屋根命(あめのこやねのみこと)・
          天宇受売命(あめのうずめのみこと)・
          石凝刀売命(いしこりどめのみこと)

【例大祭】八月十七日

人形山車(にんぎょうだし)九基参進(藤沢市重要有形民俗文化財)
湯華(ゆばな)神楽(湯立神楽)奉奏(藤沢市重要無形民俗文化財)

【由緒】 第五十三代 淳和天皇の御代 天長九年(八三二年)創建。
天喜三年(一〇五五年)、元亨二年(一三二二年)、天正一三年(一五八五年)、昭和六十年(一九八五年)と御造営を重ねられている。

 第六十代 醍醐天皇の御代、延喜式が選進された頃に、奈良時代以来称えられていた相模國 土甘郷(とかみごう)総社に列せられた。また、長治元年(一一〇四年)に到って鎌倉権五郎 景政が所領の大庭荘(おおばのしょう)を伊勢神宮に御厨(みくりや)として寄進したので、大庭荘が大庭御厨と呼ばれるようになり、相模國土甘郷はもとより、東は境川から、西は小出川に挟まれた広大な地域伊勢神領大庭御厨総鎮守として尊崇を集めることとなった。

 これより先、天喜年間、八幡太郎 義家、奥州鎮撫の途次祈願奉幣あり。また、寿永三年(一一八四年)那須与一 宗高は源平屋島の合戦の戦勝を祈願し、屋島にて扇の的を射た弓一張と残りの矢を東帰の際奉納、併せて所領の那須野百石の朱印地を神恩報酬の為に寄進したと伝えられている。

 明和二年(一七六五年)六月十七日、領主 布施孫兵衛尉 頼路 参篭し、祈願奉幣あり、又「天照皇大神宮」と謹書した白絹御戸張を奉納、太々神楽を奉奏し、例年奉幣を明治維新まで続けられた。明治元年九月、征東大総督 一品 中務卿 有栖川宮殿下 御東下の際 参拝し、「神明宮」の御染筆を賜る。

 例祭日には人形山車九基の参進があり、神奈川の民俗芸能として県の指定があり、又、例祭は「神奈川のおまつり五十選」に選定されている。人形山車は、昭和六十三年 藤沢市有形民俗文化財に、又、例祭日に奉奏される「湯華神楽(湯立神楽)」は平成八年に藤沢市重要無形民俗文化財に指定された。

 以上、たいへん歴史のある神社のようです。

 ちなみに交通手段は、

 
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2011年04月18日

砥上ケ原その2

 たまたま砥上公園で、砥上ケ原の由来が書かれた看板?を発見しました。

 

 石上(いしがみ)

 鵠沼を中心とした一帯は天平時代(735年頃)には「高座郡(たかくらぐん)土甘郷(とかみごう)」と呼ばれ、鎌倉時代には「砥上が原(とかみがはら)」とよび西行法師や鴨長明も砥上が原の歌を残しています。

 江戸時代に入ると江の島、大山詣の道筋で賑った石上舟渡場があり、その北側に砥上地蔵尊(1625)が建立されました。

 この辺りの開発の祖の鎌倉武士を祀ったといわれる石上神社は度々水に浸り、昭和9年に現在の地に移されました。

 藤沢市


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2011年04月16日

砥上ケ原とは結局どの辺なのか?

 星月夜という記事で、砥上ケ原について

> 江ノ島弁財天への参道である江ノ島道に沿った細長い集落のこと。砥上は土甘郷(とかみごう)が、砥原という広い荒れ地の呼名となり、 後にそこに出来た集落名になったともいわれている。

 と解説しましたが、具体的には藤沢の片瀬川西岸〜鵠沼周辺(もっと大雑把に言えば藤沢〜辻堂)のあたりだそうです。



関連記事: akaju_thum.gif赤星十三郎ツラネせりふ

砥上ケ原その2

皇大神宮(土甘郷とかみごう神社)

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2008年12月16日

観劇コーディネート案@赤星十三郎

akaju_thum.gif赤星十三郎イメージ・キーワード…(赤い)星、月、鶏(鳳凰でもOK)、夜明け、桜、若い、上品、清楚。

 この人の場合、柄は小紋か小花柄、千鳥格子、グレンチェックを連想します。

 赤星たんのモチーフは比較的集めやすいし、弁天小僧と違って、どれを選んでも安心なものばかりですね。

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2007年10月16日

花水橋

 未だに平塚・大磯方面を行ったことがなかったので、とうとう先日、ひとり平塚・大磯徒歩ツアーを決行しました。

 平塚は静かだけど、明るい雰囲気の街でした。松がたくさん植えてあって、道路も広いですね。平塚から国道沿いに大磯の方へ向かって、ひたすら歩くと花水橋にたどり着きました。


hanamizub.jpg
ここが花水橋のはじまり(?)です。

hanamizugawa.jpg
花水川。広いです。

hanamizu2.jpg
真横を大型トラックがビュンビュン走る中、ケータイのカメラで撮影していました。相変わらずアホです。

hanamizu3.jpg
さすが吾妻橋にたとえられるだけあって、広くて大きな橋でした。

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2006年11月25日

吾妻橋

やっとのことで行って来ました、吾妻橋。azumabashi.jpg

sumidar.jpg やっぱり隅田川は広いです。この日は吾妻橋の他にも言問橋、桜橋の方まで歩き、その後は浅草寺まで歩いたから、ゆうに3kmは歩いたと思います。


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2006年10月29日

極楽寺切通し

[発見]
 約一年ぶりに極楽寺を訪問。極楽寺駅〜極楽寺までの歩道が約50cm広くなっていました!驚き。

gkrkjkd1.jpg

 極楽寺から切通しを抜けて、権五郎神社、長谷観音(通り抜け)、稲瀬川由比ガ浜へ出ました。

gkrkjkd2.jpg

 途中、成就院に寄りました。

ここを通るのは20ン年ぶりです。なんだか周りが微妙にリッチ、明るい雰囲気になっています。(昔はもっと木が鬱蒼と繁っていて、昼間でも薄暗く怖かったのよ〜)

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2006年09月21日

需要はあるのか?

 いえいえ、決してakaju_thum.gif赤星たんのことではありませんよ。お陰さまで人気投票も2位と、意外と人気もあるようですし。
 
 携帯対応の記事でも書き込んだように、携帯に対応したサービスを導入するとか、いろいろ迷っているところでございます。

060920_1052~01.jpg

 今のところ考えているのは、以下のとおりです。

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2006年03月08日

伯父さんの名前

 いろいろな資料を読み漁っていたら、(単なる「偶然の一致」かもしれませんが)「登場人物の名前」に関係のありそうな単語が次々と出て来ました。たとえばakaju_thum.gif赤星十三郎の伯父さんの名前、赤星頼母(あかぼし たのも)は、※頼母子講 と似ていると思います。

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2006年02月02日

画数占い@赤星たん

 あまりにも印象の薄い「薄幸の美少年」、akaju_thum.gif赤星たんの性格って、どんなモンでしょ?
 同じく1から始める姓名判断と名づけというサイトで占ってみました。















┏---7赤○
16[土]
┗---9星○┓
20---------19[水]
10十●---┛
*****
-3三○┣23[火]
10郎●┛

____________________
39


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2005年12月16日

勢揃い・ツラネ4

「勢揃い」

(忠信利平に続いて)

akaju_thum.gif「又その次に連なるは、以前は武家の中小姓、故主の為に切取1 も、鈍き刃の腰越2 も砥上ケ原3 に身の錆を磨ぎ直しても、抜かねる盗み心の4 、柳の都谷七郷5 、花水橋6 の切取から今牛若7 と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ケ谷8 神輿ケ嶽9 、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜10 其名も赤星十三郎」

現代語訳はコチラ



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2005年10月10日

月影ヶ谷(つきかげがやつ)

 はぁ、「間違い」というほどじゃないけど、またもやミニコミの訂正事項です。
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2005年09月15日

真面目な泥棒初心者

akaju.gif
【あかぼし じゅうざぶろう】

※重三(郎)という表記もあり。

 「五人男」の一員でありながら、非常に印象の薄いキャラクターです。他のメンバーが多少、「やさぐれた」感じ(=いかにも悪者で「ただ者ではない」凄みがあったり、チンピラな雰囲気)なのに対して、赤星はあまりにもマジメでまともな雰囲気なので、「何でこの人が泥棒なの?」と思わずにはいられません。

 特に「(稲瀬川)勢揃い」の場面では、さすが元武家の小姓だけあって、衣裳の着こなしが真面目で、余計「場違い」な感じがします。

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2005年09月11日

星月夜

 いやはやご無沙汰しております。約1週間ぶりの更新です。
お待たせしたお詫びと言ってはなんですが、今回は久々に写真アリの記事です。でも「単なる歌舞伎好きのド素人」が撮った写真なので、ピンぼけ・構図が変なのはご容赦下さい。

 いやぁ〜、『白浪五人男』の舞台となっている鎌倉の地域の大半は、昔ながらの住宅街ですので、写真撮るのも一苦労ですわ。こじんまりとした住宅地の中にポツンと句碑があったりするので、付近の住民の迷惑にならないようにコッソリと写真を撮って、ブログにupする時は、なるべく民家を写さないように写真を加工しなければいけないのですから。

 
 鎌倉は「観光地」でもあるけど、大半は「観光とは無縁(の産業)」の人達が暮す住宅地でもあるので、市民の「生活の邪魔」をしてはイケナイと思います。これからもそのへんは気をつけて編集したいと思います。

 さて今回、紹介するのはakaju_thum.gif赤星十三郎セリフ

「又その次に連なるは、以前は武家の中小姓、故主の為に切取 注1 も、鈍き刃の腰越 注2 も砥上ケ原 注3 に身の錆を磨ぎ直しても、抜かねる盗み心の 注4 、柳の都谷七郷 注5 、花水橋 注6 の切取から今牛若 注7 と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ケ谷 注8 神輿ケ嶽 注9 、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜 注10 其名も赤星十三郎」

にも登場する「星月夜の井戸」です。

hoshinoi2.jpg
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posted by fuji_nishi. at 18:23 | Comment(3) | TrackBack(0) | 赤星十三郎
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